空蝉日記帳

ひとりごと。

#8 自分語り日記

友人と何かを作るぞ、という話になり、今日初めて「ドン・キホーテ症候群」なる言葉を知った。世界にはまだまだいろんな概念があるのだなと謎に感心してしまった。

 

最近はめっきり、創作活動か勉強の二択をこなすだけの生活を送っているが、やはり自分は要領が悪い。というか、集中力がまるでない。

勉強が苦手であるという所以はこれだ。集中できない。

ただ、数学の宿題や英語のドリルをやっていたあの頃よりは、まだ気分はマシだ。

 

心理学の勉強をしたいと思って、心理学科の一員となって、様々なことを知って、

一部の分野では難しさで潰されかけているが、そういう知識が増えるのは楽しい。

まぁ分からないものは分からないし、覚えられないものは覚えられないのだが。

エリクソンのライフサイクルがいつまで経っても覚えられない。いっそ枕元に貼っておこうか。

 

そもそも心理学に興味を持ったきっかけはなんだっただろうか。思い返してみると、思い当たる節は結構あった。

 

そもそも小中学生の頃から、ボランティアに参加することがやたら好きな子供だった。

人の役に立ちたい、だとか、そういう立派な目標を掲げていたわけではない。ただ、市内運動会の手伝いだとか、お祭りの手伝いだとか、そういう特別な何かを体験するのが好きだっただけ。

自分が楽しいと思うことをして、結果誰かの役に立てるなら、まぁwin‐winだろう。そういう気持ちで参加していた気がする。今でもこれは受け継がれている信念だが、これはまぁ、今はどうでもいい。

とにかく、そういうことをするのが好きだった。

特に好きだったのが、運動会の手伝い。これは市内の、というわけではなく、とある地域で行われていた、障害を持つ人間のための運動会だった。パラリンピックの小規模版のようなもの。これに参加するのが、何故か妙に好きだった。

 

変なことを言うけれど、自分は障害なり何なり、何かを背負っている人間が好きらしい。

自分がそちらに近い特性だから、というのもあるのだろうが、これに関してははっきりと分かっている原因がある。そしてこの原因が、心理学に興味を持ったきっかけでもある。

 

小学生の時の遠足。僕が通っていた小学校にも、俗に言う支援学級というものがあった。

そこに通う子達は、一応通常クラスにも席があった。「○年○組兼支援学級」みたいな。

そして遠足などの行事ごとでは、通常クラスと共に行動するというのが基本だった。

特別仲の良い友人もいなかった僕は、よくその支援学級の子と同じになるように、先生に班を組まれていた。言い方は悪いが、いろんなものの付きそい人、という扱いだった。

それについては別に文句はなかったが、小学生とはいえ、普段話さない人間と突然同じ班になるというのも、なかなか気まずい。それも相手は軽度だが知的な障害を抱えている。会話を試みようとしても、なかなか上手くいかず、意思疎通も難しい。

他の班員を見るが、彼らは彼らだけの別グループのような感じで行動していて、僕とその子だけが取り残されている形になっていた。

当然といえば、当然かもしれない。クラスメイトが大勢いる状況で、普段会いもしない障害持ちの同級生に、わざわざ好き好んで話しかける人間なんていなかった。

仕方がないので、僕は僕なりに、そのこと行動を共にしようとした。当時は気付いていなかったが、実際自分も発達障害の症状が顕著に出ている頃だったし、再度悪い言い方をするが、仲間外れにされるのは、まぁ仕方がないかなという感じだった。

 

そうしてクラスの列の最後尾に並んで、歩いている最中、

僕は何もない地面で、自分の足に引っかかって転んだ。

当時はそういうことがよくあった。なんというか、自分の身体が自分のものではないような、そんな感覚が少しだけあって。

少し歩き方がぎこちなくて、自分の足に躓くことが結構あった。

それはまだ珍しくはなかったけれど、転んだ場所が悪かった。

硬い硬いコンクリートの床。受け身をとれるほどの反射神経など持ち合わせていないので、膝も腕も顔面も、全てが床に思い切り叩きつけられた。

結果的に無傷ではあったが、痛みだけはとんでもないもので、すぐに立ち上がれなかった。

だが列は止まらない。どんどん進んでいく。

身長の小さな僕が最後尾で転んだことなんて、先頭を歩く先生は気づかなかった。

他の班員も、他のクラスメイトも、わざわざこっちを見ることなんてなかった。

 

さらにここ情報を追加してしまうが、当時の僕には、「自分は透明人間だ」という謎の認識があった。

誰かから話しかけられないと、見つけてもらわないと、存在を確認してもらえないと、自分から行動をすることが出来なかった。

そんな人間であったから、余計に寂しかった。

痛い。置いて行かれる。誰も気付いてくれない。やっぱり僕は透明なんだ。

そんなことをぐるぐる考えて、起き上がれないまま、ぼうっと進んでいく列を見送っていた。

 

すると一つだけ、こちらにゆっくりと戻ってくる影があった。

自分と行動を共にしていた、支援学級のその子だった。

前には書いていなかったが、彼は知的な障害だけでなく、身体の不自由も抱えていた。いつも片足を引きずって歩いていた。

そんな彼が、わざわざ、来た道を戻ってまで僕の元へ来て、「大丈夫?」と声をかけてきた。

 

嬉しかった。

本当に、純粋に嬉しかった。それ以外に何も思わなかった。

彼はそこまで考えて行動しているわけではないのだろうが、他のみんなが前に進んでいる中で、しかもその足で、わざわざ反対に進んできてくれた。そして声をかけてくれた。

当時の僕には、それがとんでもなく、嬉しい出来事だった。

 

それ以来、何かをやってみたり、心理学に興味を持ち始めたり…というのが始まった気がする。

それがきっかけ、と言い切ってしまうことはできないと思うが、かなり大きな影響を与えてくれた出来事だと思う。

 

正直カウンセラーになりたいか、と聞かれると分からない。責任を負う仕事はしたくないのがモットーの駄目人間だから。

けれど、勉強する度に、定期的にこの出来事を思い出す。

僕は人に直接何かをすることは出来ないし、親切なことも出来ないけれど、席を譲るだとか、募金だとかそういう些細なことはしようとしている。

それくらいしかできないから。

でも、しないよりはマシだと思うから、それは続けたい。

 

それはそれとして勉強は嫌だ。参考書の中身が全部呪文のように見える。

明日やろう。明日からちゃんとやろう。そうしよう。